私評 祝融夫人 シュクユウフジン

某無双では南蛮というよりも、アマゾネスといった方がふさわしい格好になったうえ、決戦2では宮○花子にされてしまっているが、一応火の神祝融の末裔らしい。

いわば、「孫権の一族だから『孫夫人』」と同じで、祝融氏の一族だから祝融夫人。彼女の名前は誰も知らない。中学生のときは、祝融を名前だと勘違いしていた(最近の日本では逆に、野村○チヨ→サ○ヨ夫人のような「名前+夫人」が一般的だが、元末明初の中国文学作品ではありえない表記だと思う)。

祝融は「火の神」である。これは兀突骨のところでも述べたように、三国志演義の南蛮編が五行の考えを導入した娯楽作品的要素の強い部分であることに通じていると思う。
五行の考えによれば、南蛮、つまり
「南」は色では「赤」であり、「火」が支配元素である(太陽信仰とからめた可能性もあるが)。すると、祝融夫人が何故祝融なのかはおのずと導かれる。孟獲の夫人は女禍でも神農でもダメであり、祝融でなければマズイのである。

これを連想させる箇所がもう一つある。彼女の乗る馬である。演義によれば彼女は巻き毛の兎馬に乗っているとある。「巻き毛」というのも、炎が燃え盛る様子を示しているようで、巻き毛の赤兎馬が疾駆する情景は、あたかも太陽が光り輝いているようでもある。
また、祝融夫人の性格がきつめに描かれているのも、「火」の性質をあらわしたからに違いない(ん?きつめに描かれているのは横光三国志だけかな?)。

背中に挿した5振りの飛刀にも何かの意味がこめられていそうなのだが、現時点では何も考えが及ばなかった。機会があれば、再び考察したいものである。

演義での登場はあっさりしているが、横光三国志ではしばしば登場するうえ、結構人間味にあふれたキャラクターであり、僕は好きである。

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