沈思黙考

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10月31日(水)

もしもラジオカノンのパーソナリティーが国府田&川澄のコンビだったら、カノン終了後に、再び月天ラジオとしてタイトル名だけ変えて再出発できる(笑)だろうに、残念である。とりあえず皆口さんの司会は特に悪評も立っていないようなので、土曜日が楽しみである。


10月30日(火)

めでたいのかめでたくないのかわからないが、守護月天が復活する模様。複雑な感情だ・・


10月29日(月)

今朝の8時のNHKニュースでやっていた話なのだが、山梨大学が全国の国立大学に先立って、単位取得数が足りない生徒(具体的には、1年終了時に20、2年終了時に30単位)に退学勧告を促すというのだ。今年は導入したばかりなので、勧告だけで1年間猶予期間があるが、来年度からは単位未取得の瞬間退学らしい。
「行きは怖いが帰りはよいよい」と、「とおりゃんせ」の逆と言われる日本の大学を変えるにはいいだろう。今回は理学・工学部対象だが、将来的には全学に導入するらしい。早稲田を含む私学が導入するかは不明だが、痛みを伴う改革としては悪くないと思う。反発も大きそうだが。というか、これを見て自分も背中に冷や汗が流れました。1日平均1時間勉強してるかもわからない僕は不良学生だ・・


10月28日(日)

ゼミ発表とレポート×2をこなすため、今のうちから寝だめしておく(?)。というより、先週の疲れが回復していなかったので、起きたら午後だっただけなのだが。
ゼミ発表は僕の班の最後の発表であり、そのトリを僕が務めるわけなのだ。リリーフとしてビシッと決めたいところではあるが、今からドキドキする。ただでさえ学士入学だから一般学生には負けまいと気負っているというのに・・


10月27日(土)

体力と財力の関係から、最近は毎日高田馬場駅から大学まで往復を歩きで行っている。雨が降っているときはさすがにバスを使うが、基本的に後期に入ってからは歩き通しである。そのせいか体重が見る見るうちに落ちていき、夏休み中についた水太りの贅肉がスッキリ消えた。そのかわり消費体力は大きいため、帰宅するとかなり疲労しているため、サイトの更新がままならない。ワセダエキスポをめどにメインの更新をしたいものなのだが、体力が回復しているかがどうかがカギである。
カギといえば、Keyの新作だが、実はあまり期待してなかったりする。kanonは簡単に越えられぬでしょう・・


10月26日(金)

最近は野球ゲームにしても、パワフルプロ野球のようなアクション性のあるゲームより、高校野球道2のようなシミュレーションばかりやっているため、反射神経が鈍くなっているような気がする。とはいえ高校野球道2はかなり面白いゲームなので、時間が無い無いと言いつつも、ついやってしまう。育成と野球が好きなら、是非買うことをオススメしたいソフトである。


10月25日(木)

昨晩、紺碧兄からお誘いがあり、本日は早稲田エキスポに向けて準備にいそしむ三国研に出向き、OBとして陣頭指揮冷やかしに行ってきた。・・はずだったが、人数が少ないこともあり、いつのまにか僕も原稿の校正とかを手伝うことになってしまった。
基本的にOBが口をはさむと老害になってロクなことにならない。とは言え、助言を求められて発言すると、僕の意見は助言なのか、強制力を持つ命令なのか、よくわからなくなってくる。バランスが難しいところである。
行為全体の中には、要領を得ないところや、一般常識から外れた部分もあったけど、ツッコミを入れていいものやら?


10月24日(水)

21日にも書いたが、近鉄の強力打線は言い換えれば大振り打線でもある。よって、軸を外される落ちる球に強くない。このことはパリーグ全体に言える。が、逆に落ちる球ばかりに頼る今のセリーグを嘆いている人もいる。すなわち、野球とは力と力のぶつかりあいではなかったのかと。松坂みたいに、ローズに打たれるとわかっていても直球を投げること。この精神である。
勝負も大事だが、一応プロである以上、結果も出さなければならない。そのあたりの線引きが難しいところである。


10月23日(火)

塾で高校生の数学(たまに化学も)を教えてきたが、全体的に見て、彼らの数学センスはほとんど無いといって差し支えない。数式を並べられたときに、「こことここがつながる」と瞬時に見抜けないのである。受験は悪のイメージで語られることが多いが、小学校の頃より四谷大塚などで鬼のような算数・数学の訓練を受けた僕としては、そのおかげで数学センスが身についたという良いイメージがする。やはり長年の熟練に勝るものは無いのである。
数字を見た瞬間にパッパッと並べる技能はやはり、子どものうちに身に付けさせないと辛いのではないだろうか。語学は習慣で身につくが、数学は習慣にしづらいだろうから、強制的に学ばされるべき一面もあると思うのだが・・


10月22日(月)

パソコンする。ゲットする。という具合に、外来語が日本語の動詞化する場合、あくまで「する」が語尾に来る複合動詞だけだと思っていたが、授業中にふと気づいたことがある。それは「メモる」である。これの活用は、
メモないメモ」「メモます」「メモる」「メモとき」「メモ」「メモ
という具合に、「メモ」を語幹とするラ行五段活用になっている。サ変ではないのだ。助動詞「れる・られる」の変化形でもない。これは驚きである。ポケモンが流行った時に、新聞で外来語が日常動詞化したと驚きを綴った国語学者がいたが、その比ではない。「ゲットする」はあくまで複合動詞。「メモる」は動詞の基本中の基本、五段動詞なのだ。これを日常化といわずに何と言おう。名詞の動詞化は複合動詞だけではないのである。
ちなみに、「メモる」を名詞化すると「メモり」になるが、ここから「目盛り」と解釈し、「メモる」は「memoる」ではなく「目盛る」と考えれば、「目+盛る」となるので問題は一気に解決する(「盛る」はラ変だから)。
そこで別の例を出そう。中学生が使っていた、「ハブる」である。意味は「村八分にする」こと。これもラ行五段である。これを文法的に解釈できるだろうか?
語尾の「る」は何なのか。サ変の「する」が省略されただけと素直に解釈してよいのか?だとすると、「ら抜き言葉」に続く、「複合動詞の省略」という第2の文法崩壊であろう。文法というものは時々刻々と変化するものである。

・・授業中にふと思いついて、このことで考え込んでたら、授業が終わっちゃいました。ノートが真っ白です。てへ。(てへじゃない・・)


10月21日(日)

ヤクルトと近鉄のシリーズ第2戦は非常に見ごたえのある試合だった。ちなみに僕は近鉄派。別ににわか近鉄ファンになったわけではない(あるチームが優勝すると唐突にファンになる人がいるが)。僕は巨人ファンだが、パリーグでは近鉄好きなのだ。
まず、昔巨人と戦ったとき、阿波野に惚れた。次に野茂。野茂が渡米してから少し愛着が薄れたが、巨人から吉岡が移籍して再び再燃(僕は吉岡とか、大森が好きだった)。オリンピック関連で中村がクローズアップされると、あの豪快な打ち方に惚れる(フォーク全盛のセリーグでは通用しない可能性が高いが。そういえば、石井も変わった打ち方だったなぁ)。さらに三沢も近鉄入り。僕の中で近鉄の好感度は高いのである。
さらに、近鉄は日本一の私鉄会社である。特にポイントが高いのは、近鉄は日本で数少ない広軌鉄道なのだ。これのおかげで、新幹線を除けば、私鉄で唯一JRにスピードでタメをはれるのである。伊勢志摩スペイン村などテーマパークと関連付けた地域開発も上手い。もっとも、会社でなく、社長個人を挙げるのならば僕の中でポイントが高いのは近鉄の佐伯勇ではなく、阪急の小林一三だが。

話が近畿日本鉄道にそれてしまった・・バファローズに戻そう。僕が近鉄好きの理由に、美しい(と僕が思う)ホームランを打つというのがある。今のところ、僕が認める芸術者は松井・清原・磯部・ローズ・中村である。松井・中村は見ていてスッキリする豪快型。ローズ・清原は感心してしまう巧打型(ただし清原は右打ちのみ)。磯部はアッパーだから(笑)。僕はアッパースイングが好き。だから後藤や清水も好き。イチローもそうだけど、スポーツとしてだけでなく、エンターテイメントとして客を魅了できる選手は凄い選手である。


10月20日(土)

ついにドラゴンボールネタも通用しない学年が登場し始めました。僕と生徒達の世代間格差、いわゆるジェネレイション・ギャップは広がる一方です(当たり前だ)。この前格差を感じたのは「ダイヤル式電話の使い方がわからない」生徒の存在でした。悲しい。というか、今の生徒達は平成生まれですからね。平成。
昭和とは決定的に違う世代なわけです。平成っ子たちを前にして、昭和世代はいかにコミュニケーションをとるべきかが問題なわけです。年をとった先生が、学生達を相手に授業をするのはもっと大変だと想像がつきます。講師の立場になってわかる教員の苦労。はあ・・


10月19日(金)

CD−ROMドライブが故障した。ディスクを入れても認識してくれないのである。挿入しても無反応だし、エクスプローラーを開いても、「ディスクがありません」みたいに言われてしまう。うちのPCはCD−ROMドライブが1つしかないので、これが壊れることは死を意味する(大げさ)。だって、音楽聴けない・DVD見られない・ゲームできない・インストールできないのないないづくしになってしまう。買ってから1年以内なので、補償がきくようだから修理に出すことに決定。その間はディスクが使用不能だが我慢しよう。


10月18日(木)

去年の今ごろの記事で、いじめられた少年がいじめた加害者の両親からPTSDを理由に慰謝料を勝ち取った話があった。僕は思う。この逆のパターンは果たしてあるのかと。いじめは一般に強者→弱者で行われ、教員が監督責任を追及されることが多い。つまり教員は加害者の立場に立つ場合が圧倒的に多い。
が、逆のケースもある。教員の間で精神疾患が流行っているそうである。不登校や学級崩壊や、色々と難題を背負い、精神を病んでしまう先生が急増しているのだ。このとき、先生がPTSDを理由に、問題児達の保護者に賠償責任を要求することは可能なのか?
被害者の生徒が加害者の先生を追及した例は多い。では、被害者の先生が加害者の生徒を追及できるのか?そして、裁判になったときに勝算はあるのか?生徒が追い詰められたら記事になるのに、先生が追い詰められても話題にすらならない現状を憤る。


10月17日(水)

表現は難しいが、表現を観察すると、その人の個性が見えてくる。国際貿易センター爆破事件のあと、
某国は犠牲者を追悼するためにビールかけのようなお祭り騒ぎを自粛した。
某国はビートルズのイマジンを放送しないようにして、平和の祈りを自粛した。
まったく・・


10月16日(火)

タイトルは忘れてしまったが、授業が休講だった時の暇つぶしに本屋で立ち読みした三国志の本に面白い話があった。確か、東方書店(?)だったと思うが、「劉備女性機能説」である。于禁が女とかは有名だが、劉備が女なのである。
演義の劉備は力ではなく、情に訴えて周囲をひきつける。ついでによく泣く(涙を流す)。女性的なのである。これは関・張らの超人的活躍(男的活躍)に対するもので、義兄弟の中で、劉備が女性的役割を担っているというのだ。また、劉備がもつ雌雄一対の剣(コーエーのゲームではこの名前)についても、当時の作品で両手に剣を持つのは女侠が主流だったそうだ。ここからも劉備=女性のイメージにつながるとか。つまり、西遊記の三蔵法師のようなものなのである。日本でも、三蔵は女優がやると相場が決まっているし、劉備もそれに近いそうだ。確か、歌舞伎か何かでこんな解釈の作品があったような・・


10月15日(月)

自分の知っている人のサイトが巨大サイトで紹介されているのを見ると、すごいなぁと思う。まあ、電脳空間に限らず、知り合いが新聞や雑誌に載ると純粋に感動するのだが。その人が紹介されているのを見て、いつかは自分も・・と野望を燃えたぎらせたりしてみるわけである。とは言っても、僕の研究分野は地味だから日の目は浴びないだろうなぁ。


10月14日(日)

三国志5は面白い。つい今日はやりこんでしまった。僕が三国志5で好きな部分はやはり一騎打ちである。5の場合自分でコマンド指定ができないが、見ているだけの方がスリルがあって面白いのである。必殺技とかもバシバシ撃つので、武力差10くらいなら普通にひっくり返る。ただし、呂布は隠しパラメータで、一騎打ちのときだけ武力120という噂もある・・
ちなみにCOMが一騎打ちを受けるかどうかは、武力と体力で決まる。5の場合、計略は体力を消費するので、関羽でも体力を70まで減らせば武力60〜70台の武将が一騎打ちを受けてくれる。一度、体力を30まで減らした呂布の申し出を荀イクが受けたことがあった。当然一撃で決まった(笑)。


10月13日(土)

あるところで見たネタ(どこかは忘れた)なのですが、今度のテロ事件で特攻を喰らったニューヨークのビルがありますね。あそこの住所、「Q33NY」をマイクロソフトワードで書いて(半角大文字)、フォントをWingdingsにすると、あら不思議、Q33NYがある記号に文字化けしてしまいます。
確かどこかのワイドショーで、ニューヨークのテロ事件を暗号化したものだとか語られていましたが、単なる文字化けです。たまたまQが飛行機、3がビル(?)、Nがドクロ、Yが星なのです。事実は小説より奇なりといいますが、ここまでピッタリだと本当に不思議な気持ちです。まあ、これも読む人の解釈次第で何通りもできますが・・
ちなみに、NIHONとうつと、「爆弾を落とされて白旗」という太平洋戦争の暗示(強引)になる・・かも?


10月12日(金)

先日の件は、ウィンドウズの調子がおかしかっただけのようで、ウィンドウズのシステムを復元したら見事に回復しました。コンピューターというものは優秀な反面、融通がきかないところが難点です。やはり、人間の脳が一番優れた(処理速度では遥かに劣るけど)システムといえるでしょう。


10月11日(木)

何故だ・・やはり中古がよくなかったのだろうか。先日購入した三国志5だが、昨日は普通にできたのに、今日もやろうと思ってドライブにCD−ROMを入れたら読み取ってくれない。挿入しているのに、「ドライブにディスクを挿入して下さい」と出るのだ。ドライブが故障したのかと思ったが、三国志6とか7とか音楽CDとか、他のCD-ROMは普通に起動するのに、これだけ読み取ってくれない。認識してくれないCD-ROMにイミはあるのでしょうか?というか、そんなディスクはただの銀板じゃないですか。FFの「えんげつりん」のマネ〜とか言ってフリスビーよろしく投げるくらいしか使えません。
確かに、昨日以前もBGMや戦争画面切り替え時でCD-ROMからデータを読み出すとき、平均30秒近くかかっていたからおかしいとは思っていたのだが(BGM切り替えごとに30秒待つ・・)。これはソフトの不良だろうか。とはいえ、もとが中古だから補償は利かないだろうなぁ・・


10月10日(水)

雑誌の広告を見たら、侍魂の健さんのインタビューとか言う記事があった。侍魂とはインターネットライフを活用している人(サブカル系)なら誰でも知っているサイトである。この記事は読んでいないが、インターネットのマルチメディアの一端としての機能を垣間見た気分である。これまで世間一般にインターネットが知られてはいなかった。いや、活用されてはいたが、主流にはなりえなかったのである(少なくとも一般人には)。バスジャック事件で2チャンネルが世間に知られるようになったが、一般利用されたわけではない。むしろ主流になったのは小泉首相のメルマガからだろうか?要するに、雑誌やテレビからメジャーデビューするものはたくさんあるが、ネット発で一般に流行するものは少なかった気がする。ネット発の情報はネット利用者の間でしか広まらないのである。それが、先行者は垣根を越えた。
何だかまとまっていないが、ともかく、「インターネット発の情報」が表の世界に進出したというのは良い傾向である。これからもインターネットは様々なものの発信源として機能しだすことだろう。


10月9日(火)

中古ショップにふらりと立ち寄ったら、三国志5(CD−ROM版)を発見した。三国志5はコーエーの三国志ゲームの中で、僕が最も好きなゲームのうちの一つである。ちなみにコーエーの三国志で僕の好みは4・5・7である。安かったこともあり、その場で買ってしまった。財布の残りを考えると散財は避けたい状況であったが、これくらい昼食を数日我慢すればどうにでもなる(良い子はマネしない)。
久しぶりにプレイしたが、やはり面白い。特に戦争面に関しては三国志の中で一番好きである。ちなみに僕は「甘家奥義、大海の黒い鮫!」で甘寧を好きになった人。


10月8日(月)

昨日の体験をした後、僕は去年の夏のこと(2000年8月21日)を思い出した。

まず、あの時僕は自身の進退問題を抱えて(8月7日に僕は教育学部への転身を教授と相談の上、決定していた)いて心身ともに疲労していた。乗り物で滅多に眠らない僕がバスで眠るくらいである。ちなみに、よく車内で眠る人が目的地の直前で目覚めることがある。つまり眠っていても、耳や体は完全に眠っていないので、自分の所在を確認しながら寝ていると言える。つまり、僕は眠りながらももうすぐ目的のバス停ということを脳のどこかで認識していた。
そして、バスに乗るとき、後ろのほうの席に友人に似ている人が座っていたのを見ていたのである。つまり、

@バスに乗った僕は、友人に似ている人が乗っているのを確認。その後、眠りに落ちる。

A(頭の中で)僕と友人が降りるバス停は同じ。なので、あれが友人なら、僕を起こしてくれるだろう。(ここで友人似→友人とすり替え)

B目的地に着き、僕の希望が夢(幻聴・幻覚)として現れる。本人の希望が幻覚として現れるのは、マッチ売りの少女・雪女等で見られる。

というプロセスなのではないか。さらに僕は当時眠かったので、バスから降りたくなかった。そこで、バスから降りる行動を主体的ではなく、他人にやってもらいたかったのではないか。疲労に加え、この逃避思考が幻覚を誘引した可能性も高い。いずれにしても、貴重な体験である。


10月7日(日)

先週は色々と忙しい日が多かったせいが疲労が蓄積していたようで、起きたら午後の3時だった。いったい何時間寝たんだろう。名雪や小学生でもここまでは寝ないに違いない。が、今日は面白い体験をした。人間は機能が低下しているときに幻覚・幻聴を聞くという。夢もその類であろう。脳の支配が弱まっているときに、本人が意識せず脳の一部が動き出すから、予期しないものが見えたり聞こえたりするのである。通常睡眠に落ちるときは一気に意識が低下するので、その状態をすぐに通り越すため、なかなか自覚されないのだ。
今日僕は布団の中で目覚めたとき、意識は少しあるが、体が動かない状況だった。「あ、ちょうど境界だな」と感じた僕は、自分の覚醒と睡眠の境界を探ろうと実験を試みた。体はほんの少しなら動く。そこで、体を少しゆするのである。一定のタイミングを持続すると、合成波の要領で、体が大きく揺れ、それが刺激となって眠るのを防ぐ。これを利用して、意識が遠ざかりかけると同時に体をゆすって強引に目を覚ます(強すぎると、目が完全に覚めてしまうので注意)。これを繰り返すことで意識がなくなる極限までゆっくり持っていくのである。すると、それは起こった。
目の前が突然白くなり、隣の部屋から食器を洗う音や誰かの会話が聞こえ始めたのである(ちなみに家族は買い物に行っていたらしく、誰もいない。会話が聞こえるはずが無いのだ)。また視界も徐々に回復し、窓からきれいな夕焼けが見えた(カーテンを閉めて眠っているので、これもありえない)。つまり、僕が夢だとはっきり認識している状態で夢を見ることに成功したのである。そこで僕は体をゆすり続け、体を起こしにかかった。すると、あたかも映画の上映が突然終わるように、目の前が暗闇になり、音も聞こえなくなった(これが正しい僕の部屋の状況)。僕は目覚めたのである。何か面白かった。


10月6日(土)

ヤクルトが優勝したようである。さすがに最後の3連戦も3タテを喰らって巨人の逆転Vといことにはならなかったようである。
しかし、ここで疑問も残る。巨人打線は大鑑巨砲主義で知られているが、近鉄のいてまえ打線も、タイプとしては似ている。本塁打が得点のメインで、防御率がガタガタというのも似ている。なのに、そのことを指摘する人がいないのは何故だろうか。パリーグだから注目されていないというのだろうか。僕はこの日本シリーズは近鉄を応援したい(巨人とよくトレード交換しているので、個人的に近鉄への友好度は高い)。


10月5日(金)

来週提出のレポートは少し変わったレポートで、自分が作ったレポートを他人と交換するのである。で、その他人のレポートに赤ペンを加え(実際に書き込むわけではなく、別紙に記入するのだが)、再び交換し、他人の評を参考にして書き直すのである。そして原案・批評・完成品の3つとも提出する。1つの課題で書く側と批評する側の双方に立てるという、1粒で2度美味しい(?)課題。生徒からすると面倒この上ないですけど・・


10月4日(木)

昨日、学校帰りに古本祭りに寄って「反三国志」を購入。夕食後に読み始めたのだが、読み終わったら今朝の7時過ぎだった。僕は長い間、これを頭のねじが緩んだ作品だと読まず嫌いしていたが、実際はそうではなかった。これを志○田景樹の「孔○の艦隊」等と同格にしていたことを恥ず。
まず、反三国志の成立は1920年代。中国の清朝末期、孫文の「中国革命同盟会」の会員であった周大荒です。彼は中華民国の司法官・検察庁書記官を務めていた人物であり、反三国志は実は三国志になぞらえた現世批判の書の性質が強く、曹操を北洋軍閥に、劉備を孫文に例えていたようです。その証拠に、文中にたびたび清朝末期の民衆・官僚の荒廃を後漢末の荒廃になぞらえ、嘆くシーンが多いのです。しかし、民国成立後の状況も彼の望むものではなかったようで、例えば、

孔明の地雷は、新安ですでに実戦使用されたのだが、実は、多額のワイロを陸軍に納め、硫黄などを入手してやっと製造できたのだった。おっと、これは冗談、冗談。

秦末、陳勝が天下獲りを志し、それをまた項羽が乗っ取ろうとした。その結果はどうであったか。平民の間に、自分の本分を尽くす地味な生き方より一か八かの大博打をしたほうがいいという恐ろしい人生観が浸透した。世界はいつも戦争状態である。

など、作品中で中華民国の実情(というか、皆が金の亡者化している当時の国民性)に苦言を呈しています。彼の理想は、天下をとっても金や権力にはしがみつかず、慎ましやかに生きていくことだったようです。そのせいか、保身や私欲の為に国を売ったキャラ(この作品中では特に張松)はかなりひどい殺され方をしています。この観点で見ると、反三国志もなかなかツボを押さえていて面白い本だと思うのです。700頁は厚かった。


10月3日(水)

後期始まって2回目の授業(初日は月曜)で、この日の3教科は後期から始まる新科目なのである。どんな授業かドキドキだったが、全ての授業に知り合いがいて、先生もなかなか面白い先生のようである。特に日本教育史の先生が、話術も理論構成も巧みであり、かなり右に偏っている個性的な思想という側面もあるが僕は興味を覚えた。金曜日には極左がいるから、両極端の授業が味わえて2度美味しいというやつである。それにしても、思想家って話術が巧みな人が多いですね。


10月2日(火)

衣食足りて礼節を知る・・バブル期に人々は驕り高ぶったため、衣食は足りすぎてもだめなのだなぁ、と思ったりしたものだが、不況の現在はまさに「衣食足りて礼節を知る」が当てはまる。やはり心の余裕が無いときこそ、建前ではない人々の本音が行動に見えてくるようになるのだ。さておき、先日地下鉄で昔教えた生徒に再開した。彼の妹が中3だというので、「受験かぁ、大変だね」と聞いたところ、受験しないとのこと。てっきり推薦かと思っていたら、彼の話を聞いて仰天した。親が「女だから高校に行かせる必要は無い」と言ったそうなのだ。彼自身も高2で大学進学を希望しているのだが、親が金のかかる大学進学にいい顔をしないとのこと。「本当に大学に行くならば、バイト等で今から少しでも貯金したほうがいい」と助言して別れたが、釈然としなかった。やはり教育への熱心さは所得に比例しているのだろうか(今回は単なる女性蔑視の可能性もあるが)。もちろん例外もあるだろうが・・


10月1日(月)

色々なMIDI系のサイトがある。WaveやMP3と異なり、MIDIは楽譜の形式であるから、音符がわからないとMIDIを作ることはできない。とは言え、音階も物理的に言えば波長の相違によるものなので、強引にフーリエ変換等で解析することもできるのだが、イマイチ和音や楽器の違いまで識別することはできない。波調解析までなら僕もできるのだが、技術が追いついていないため、それを楽譜に直せないのだ。だから、メロディを聞いただけで採譜ができる人がうらやましい。今からでも、訓練で少しは上達するのだろうか?

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